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Pon's diary

北海道にある某高等専門学校から大阪大学に編入学し、今は大学院生をしています。大学では物性理論を専攻しています。このブログは私が日々の生活、学びの中で感じたことをただ書き留めるためのものです。内容は主に科学関連の事になると思います。未熟な私のことですので生産性と信憑性の両方を欠いたものになると思います。それでもよければどうぞゆっくりしていってください。

ランダウ=リフシッツを読んで思ったこと

1週間ほどをかけて名著と名高いランダウ著の力学を読んでみました。

 

読み始めた理由は数年前に買ってずっと家に積読してあるのが気に入らなかったということと、量子論を作る1つの方法である正準量子化の重要性を認識するにつれて、正準変数の理論に対する理解を深めたいと感じたことにあります。今回は実際に読んでみて感じたこと、私が物理の本を読む上で心がけていることを書こうと思います。

 

まず、ランダウの力学が他の教科書とどの点が異なるかという点についてです。第一は物理の理論を構成するに当たってはじめに課される要請(数学で言うところの公理)になります。物理はあくまで経験科学ですので、多くの場合、直感的に受け入れやすい普遍的な経験を要請に据えることが多いと思います。

 

例えば、私の大好きな原島鮮先生の力学の本であれば次のような具合です。

 

・物体の位置を特徴づける座標変数と絶対時間の存在

→座標変数の時間の導関数として速度と加速度が自動的に導入される。

 

・孤立した質点は等速度運動をする(慣性の法則)

 

・二つの物体を近づけると加速度の比は一定になるということ。

→この逆比をもって質量の比を定義し、速度の変化を特徴づけるベクトル量として力を定義する。 

 

こうして運動方程式が導入され、個々の具体的な場合について適用していく。

 

といった具合で力学の理論的な枠組みが導入されています。

 

これらの方法は直感的にもわかりやすく、概ね歴史に沿ったものになります。しかし、はじめに登場した理論が自然の本質を完璧に捉えているというのは本当に稀なことです。歴史に沿った、直感に訴える説明の多くはどうしてもその適用限界にぶつかり、その都度修正しなければなりません。自然とはそれほど簡単なものではないのでそれは当然のことだと思います。これまでもこれからも、このようなトライ・アンド・エラーの繰り返しで自然は明らかにされていくのでしょう。しかし、こうして導入された「不完全」な理論の枠組みは、議論が進むに連れて修正され、「一体何が本質なのか」がかえってわかりにくくなるものです。(熱力学が高級な演算を必要としない割に、理解が進まないのはこういった理由が多いように思います。)

 

一方で、ランダウの力学教科書においてはじめに課される要請は次のようなものです。

 

・物体の位置を特徴づける座標変数と絶対時間の存在

 

力学系を特徴づける座標変数と速度の関数である、ラグランジアンという量の存在。

 

・物体の運動は最小作用原理という変分原理で決定される。

 

・慣性基準系の存在とガリレオの相対性原理

 

になります。この4個の要請は一見複雑ですが、この4個からほとんど修正を加えることなしに、力学の理論が完成します。この本のすごいところはわずか30ページで力学のすべてをまとめ上げているところにあると思います。(いわゆるラグランジュ形式で)

 

これらの要請に力学の創始者がはじめから至っていたということはありませんが、これが力学の本質なのでしょう。それから、具体的な場合についてを3、4、5、6章で述べています。どの章も簡潔、明快で素晴らしい説明になっています。7章で力学理論の別の定式化について論じています。(この章も素晴らしい!!)

 

この二冊の違いは、ちょうど「地図を持たない登山」に例えられると思います。原島鮮先生の本は登山、ランダウの力学は下山と言った具合でしょうか。

 

原島鮮先生の本からは力学理論の内容、先人たちがどのように苦心して力学理論を構成したかを学ぶことができます。

ランダウの本からは力学理論にどれほどの美しさ、どれだけの汎用性を持たせることができるのか、という哲学を感じます。

 

ランダウの理論展開はさながら、山頂から世界全体を見下ろし良い道と素敵な景色を味わいながら優雅に山を降りているような感覚です。

 

私は物理を学ぶものとしてはどちらの流儀の教科書も読むべきだと思います。

 

というものも、我々が研究の対象とする物は完全な理論がまだ出てきていないものになりますから、原島鮮先生の本のような「泥臭く」物理を構成していくことが求められます。しかし、ランダウのように物理の理論はシンプルに、そして可能な限りの汎用性を持つべきだというのもまた多くの物理学者が共通して持っている哲学ではないでしょうか。

 

ランダウや清水明先生の書籍からは「自然を記述する理論はこうあるべき」という哲学を感じます。

 

多くをお教えいただきありがとうございます。